Wednesday 2 April 2014

桜の季節 英訳について


「桜の季節」の続稿です。

ブログをする目的というのは人様々だと思いますが、共通して言えることは「他者に、自分の知っている何かを伝えたい。」ということでしょうか。

私の場合には、「フジファブリックの音楽と魅力を、より多くの方々に知ってもらい、理解してもらいたい。フジファブリックの音楽に対して、正当な評価をしてもらいたい。」ということに尽きます。

志村君がまだこちらの世界で活動していたならば、このブログは恐らく開設されてはいなかったことでしょう。フジファブリックが成長し、大活躍するのをファンとして嬉しく見守っているだけだったと思います。

若くして天に召された志村正彦君を思った時、おこがましいながらも「一ファンとして、何か私にできることはないか。」と考えたのが、このブログを始めるきっかけでした。

フジファブリックの音楽には、お金には換算できない「商品」以上の価値があると私は思っています。

フジファブリックの歌詞は、叙情的でありながら余情に溢れ、独特の音楽にのって私達の心を打ちます。日本人独特の美意識や感情が、志村正彦君という人格を通して巧みな言葉で表現されているからです。


今まで読者の方から頂いたメールの中に、「フジファブリックの歌詞を英訳するにあたって、苦労したこと、興味深かったことなど、エピソードがあったら教えてください。」というものが多数ありました。
今日は、このような点をふまえて、「桜の季節」の歌詞を翻訳するにあたって苦労したこと、楽しかったことなどを、書いてみたいと思います。

まずは、日本語と英語という二つの言語の特徴について、私の専門である社会・文化人類学的な見地から簡単に説明したいと思います。

言語というものは、民族の文化そのものです。気候風土、生活形式、家族形態など、様々なことが作用してその民族の言語というものを形成していきます。

日英翻訳をする際には、日本語と英語という全く異なる系統からくる二つの言語に、それぞれの「風合い」を壊さずに翻訳するという点に、注意しなければいけません。

フジファブリックの歌詞に限らず、文章全般にいえることですが、日本語はわざと明言を避け、物事をあいまいにすることを得意としている言語です。主語がはっきりとしないことも多く、「誰がこれを考えて、言っているのか」、また「誰に対して言っているのか」、「目的語は何なのか」ということは、翻訳をするにあたっていつも突き当たる難関です。


「桜の季節」の歌詞をみてみましょう。

まず一節目の、
「桜の季節過ぎたら遠くの町に行くのかい?
桜のように舞い散ってしまうのならばやるせない」

「遠くの町に」行ってしまう人は、誰なのか?
この箇所を読む限り、「遠くの町に行く」人と「桜のように舞い散ってしまう」人とは、同一人物のように読み取れるけれど、果たしてそうなのだろうか?

というところから、始まります。

英語の場合には、主語を省略すること、またあいまいにすることは数少ない例外を除いて、通常は不可能です。

三人称単数である男性(he)なのか、女性(she)なのか。
悩んだ末、結局「you」を主語として使うことにしました。

この選択については論議を呼びそうですが、この場合の「you」は「あなた」という特定の人物の意味ではなく、「世間一般の人」を指している言葉(専門用語では、generic youと呼びます)を主語として使うことにより、「読み手が好きなように解釈できるような歌詞」という志村君の意思を少しでも表現したかったというのが、私の意図したところであります。

「we」も世間一般の人を指して使われる単語の一つですが、「you」よりも限定的なイメージを伴うため、却下しました。

「you」という言葉のもつ口語的な雰囲気と(oneは現代語で使うことは少なく、固くて古典的な感じがするのでこちらも却下)、志村君の意思を尊重して選びました。

逆に、「『やるせない』のは『僕』の心情として詠まれている。」という私の独断により、主語は「I」を使いました。


この「やるせない」という感情も、非常に日本人的な言い回しですね。
漢字では、「遣る瀬無い」と書きます。
「悲しみなどの気持ちを晴らす手段がない。気持ちが晴れないでつらい。」の意味です。(岩波 国語辞典 第三版)

「disconsolate」という言葉が、果たして一番的確な単語なのかどうか・・・。

この単語は「暗く、陰鬱で、悲しい」というニュアンスが強いので、なんともいえないあの「やるせなさ」は英語圏の人達に通じるのだろうか。
そもそも彼らの心にもある感情なんだろうか・・・。
無常観を伴う、日本人独特の感情なのではないだろうか。

実は私としてはいまだにこの単語についてははっきりとした自信がないのですが、翻訳の監修をして下さっているプロの翻訳家セリーヌ・ガーバットと話し合った結果、やはりこの単語にすることとしました。

これ以上に的確な単語が見当たらないというのが、その理由です。

将来的にもっと適切な単語が見つかったら、変更するかもしれません!
改稿に改稿を重ね、死ぬ時点で私の出来うる最高の英訳歌詞として遺せたら本望です。

最後にもうひとつ。

「舞い散る」という言葉に、桜の花びらがはらはらと風に散る動きを強調したかったため、「scatter」という単語を選択しました。

一節目だけでも、結構長くなってしまいました。

(次回に続きます。)

今日の一曲は、先日デビュー10周年記念スペシャルサイトで公開された「桜の季節」です(「Live at 富士五湖文化センター」に収録)。
13日には、富士吉田の桜が満開になればいいなと思います。

フジファブリック 「桜の季節」Live at 富士五湖文化センター

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