Thursday 31 May 2012

SADS ベーシスト K.A.Z と志村君

今日は比較的新しい記事をご紹介します。(2011年3月8日付 山梨日日新聞 ときめきゾーンより)

黒夢のボーカリスト 清春率いる「SADS(サッズ)」のベーシスト、クボタケイスケさん。
クボタさんは、山梨県甲斐市出身です。
SADSは1999年に清春が結成した4人組ロックバンドで、2003年に活動を休止しましたが、2010年に復活し、新たにベーシストとして加わったのがクボタケイスケさんです。

そしてもう一方。メジャーバンド「OBLIVION DUST(オブリヴィオン・ダスト)」のギタリスト、そしてL'Arc-en-Ciel のhyde とのロックユニット「VAMPS(ヴァンプス)」としても活動している K.A.Z。彼も同じく山梨県甲府市出身のミュージシャンです。

お二人の発売するシングルやアルバムはオリコンチャートをにぎわせてきましたが、彼らが同郷の人間として交友があるというのは、あまり知られていないかもしれません。

「互いに山梨出身なんだーって、盛り上がりました。最近、地元に帰った?とか話しましたよ」

クボタケイスケさんは、フジファブリック 志村正彦君とも対バン経験があります。クボタさんが大好きな街、下北沢のライブハウスで以前、志村君を含む山梨出身のバンドマンたちと対バンしたのだそうです。

「楽屋でみんなが『甲州弁』になったのを、覚えています」

和気藹々とした雰囲気が伝わってくるようですね。

石川啄木の有名な歌、「ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを 聽きにゆく」
を思い出しました。

大都会にいて同郷の人と会い、ふるさとの言葉を話せる嬉しさは、言葉では言い表せないものです。

志村君も、「東京、音楽、ロックンロール」の中でちょこちょこと山梨の話をしていて、「僕と同じ山梨県出身という事で割りと話が合う」(2004年2月22日付)などと、言っていますよね。
その気持ち、わかるな・・・。

志村君が奥田民生さんの曲を聴いて感動し、音楽を志すきっかけになったように、「フジファブリックを聴いて、ミュージシャンになろうと思いました」といってくれる若者が、山梨からも、もちろん他県からも大勢出てきてくれるといいな、と思います。

こうして志村君は大勢の人の心の中で、音楽の中で、行き続け成長し続けていってくれるのかな、と思いました。

ちなみにK.A.Z さんは、SADSのギター担当のK-A-Zさんとは別人ですので、混同なされませんように・・・。

今日の一曲は、「銀河」。
「ラジオやTVであのメロディーをちらっと耳にしてから、忘れられません。」というファンの方、多いです。フジファブリックの名曲です。


Wednesday 30 May 2012

フジファブリックのアンケート


雨季に入ったバンコクでは、毎日雨が降っています。
一年のほぼ半分が雨季というタイでは、雨は「恵みの雨」といわれ、雨季が好きなタイ人も大勢います。一雨ごとに緑が生い茂っていくのをみて、雨のもつ力に圧倒されますが、「恵みの雨」とはこの時期に田植えをし、雨季が明ける頃に刈り取るというタイの慣習も、関係しているのかな、と思います。

さて、古い記事をいろいろと読み返していました。

インディーズ時代の記事を先日取り上げましたが、今日は「フジファブリック インディーズ時代 第二弾」と称しまして、ライブの後に会場で配られたフジファブリック オリジナルアンケート用紙についてご紹介したいと思います。

メジャーデビュー前、フジファブリックがまだまだ小さなライブハウスでライブをしていた頃のこと。
会場に来てくれたファンに、「アンケート」なるものが配られました。
志村君手書きのアンケート用紙です。

一見非常にシンプルですが、用紙の一番上には、志村君がメジャーデビュー後にも使っていたあの手書き「フジファブリック」の太文字が!このロゴ?は、インディーズの頃から使われていたのですね。

その後の質問の数々も、すべて志村君手書きとなっております。丸みを帯びたかわいらしい文字で、要領を得た内容の質問が続きます。

・今日はどのバンドを観に来ましたか?
・フジファブリックのライブは初めてですか?また、何回目ですか?
・好きなアーティストを教えて下さい(複数可)
・今日のライブで一番良かったのは、どの曲ですか?
・今日のライブの感想etcをおねがいします

などなど。

私がこのアンケート用紙をみた感想は・・・。

まず、とても几帳面に紙面が書かれていること。男の子が書いたと思えない!字も見やすく、とても丁寧に書かれています。

各質問の下のお客様が答えを書く場所に、几帳面にきちんと定規を使って、線が一本一本ひいてあります。
また、ライブの感想を書く欄は、結構大きい四角で他の質問から区切られていて、皆さんができるだけ多くの言葉で自分の感想を書けるようになっています。
「皆さんの生の声」をきいて勉強し、バンドの今後に生かしたかったのでしょう。

対バンが多いインディーズ時代ですから、フジファブリック以外のバンドを観に来たお客様も含めて、アンケート用紙を配布していたと思われます。



そしてアンケートの最後。

~よろしければで結構です~

という言葉の下に、お客さんが個人情報(名前、年齢、性別、電話、住所、メールアドレスなど)を書き込む欄がありました。
この「よろしければで結構です」という言い回しが、遠慮がちに、でも教えてくれたらなぁ、という志村君の気持ちがじわじわと表れているようで、ぐっときました。

「ここからは必須事項ではありませんので、ご希望でお書き下さい」
などという事務的な言葉で書かれるよりも、なんだか妙にあたたかくて、若い男の子らしくていいですね。

「素晴らしいバンドになるんだ!」という意気込みが垣間見られるアンケート用紙。
生涯保ち続けたこの向上心は、「人の何倍も努力しなくてはいけない」という志村正彦君の基本姿勢といえます。
きっと回収されたアンケート用紙を家に持ち帰って、作曲や作詞の合間に何度も読み返していたことでしょう。新曲の反応や、演奏の批評などいろいろなお客さんの顔が見えてくるこのアンケートの回答を通して、どんなことを考えていたのかな。

「逆アンケート」をしてみたくなりました。ファンの私たちの知りたいところですね。

今日の一曲は、「陽炎」。
今年もまた、陽炎が見られる季節が巡ってきます。


Tuesday 22 May 2012

Goldern Circle

ご存知のファンの方も多いかとは思いますが、今日はこの映像をご紹介したいと思います。(香川県のMさん、情報をありがとうございました)

「それぞれの男たち」

「大阪で生まれた女」の替え歌?です。
まずは、映像をどうぞ。



錚々たるメンバーと一緒に歌って、志村君楽しそうですね。フジフジ富士Qに出演してくれたアーティストさんが大勢います。

「山梨で生まれた男ずら」

ええと・・・山梨県の中でも郡内地区限定なのですが、富士吉田を心から愛した志村君のことですから、当然のことでしょう。

この「ずら」という方言ですが、以前ご紹介した甲州弁サイト「ウィキぺズラ」のネーミングにも入っているように、代表的な甲州弁の単語のひとつです。

「でしょう」「だろう」の推測・憶測の意味を含んだ補助動詞、いわゆる接尾辞です。
「山梨で生まれた男ずら」は「山梨で生まれた男でしょ」みたいな感じでしょうか。

「『ずら』って、結構日常会話で使うのですか」と質問されたことがあるのですが、う~~ん、どうでしょう。おじいちゃん・おばあちゃん世代は日常的に使いますね。若い人達は、あまり使わないかな・・・。祖父母と同居の小学生までは使うけど、中学になったら使わないかな。

ちなみに私の山梨の職場では、スタンダードに使われます。全員、普通に使います!

ちなみに「ずら」と同じぐらいの頻度で使われる言葉に「さよう」があります。「~に決まってる。そうだよね?」の意味が含まれるので、「ずら」より確定的なシチュエーションで使います。
私に言わせれば、志村君のパートは「山梨で生まれた男さよう」って、感じでしょうか。

この他にも、GC7-1と2がありますので、よろしかったら見てみて下さい。緊張しているのが伝わってくるけれど、屈託のない笑顔でニコニコ嬉しそうに歌う志村君を見て、「この時間が続けばいいのにな。」と思ってしまいました。
生で見られた方たち、うらやましい!!






Wednesday 16 May 2012

お客さんと噺家

久々の更新です。
この10日の間に、バンコクはすっかり雨季に入ってしまいました。猛烈な暑さから解放されて嬉しい反面、また昨年のような洪水に見舞われたら・・・、と不安な季節の到来です。
5月14日の空の写真です。
右奥に見える夕日と雨空の美しいコントラスと、時たま光る稲妻。「人間よりもっともっと大きい存在があるんだよ」と忘れがちな私たちに、教えてくれているようでした。


さて、今日のトピックは「客と噺家」。フジファブリックのことを紹介するブログに、なんだか合わない題のようですよね。
この10日間、たっぷりの時間の中で色々なことに考えを巡らしていました。そんな中、考えたことを今日は書いてみようと思います。

私事で恐縮ですが、私は小学生の頃からなぜか落語がお気に入りで、よくきいています。数いる噺家さんの中でも大好きな柳家小三治さんがおっしゃっていた言葉を、思い出しました。

小三治師匠は、桂三木助師匠(三代目)の演ずる「芝浜」を評して、このように言っています。

「あの方の芸は私にはよくわからない。芝の浜で空を見てる時(そういう場面が噺の中にでてくる)、『何か青いような、紫のような』って、景色を細かく説明する。あそこが私は大嫌い。一々説明するのは違うよって感じてました。」

「この頃の客は説明しないとわからない、ってのも知ってますよ。だけど、そこまで私は自分を偽りたくない、客をばかにしたくない。」

「同じ場面が可楽師匠だと、煙草の煙をフウッと吐いて「白んできやがった」って言う。それだけ。こ~れが素晴らしい。『ああ、白んできやがった」って言った時、それぞれのお客が自分の知ってる空の色を、明るさにしろ、その段階、グラデーションにしろ、何しろね「ふわっ」って想像できるとしたら・・・・・。」

「私は『お客さんそれぞれの持っている、いろんなイメージを呼び起こすのが落語だ』と思ってますから、わかんない客はわかんないで置いてっちゃえばいいんです。その代わり、何年かたった時、「へえ、こういうことだったのか」ってわかる喜びが、落語にはありますから。」

どうでしょう。
「お客さんと噺家が一緒になって、はじめて落語」と、小三治師匠はよくおっしゃいます。

前回の記事でとりあげた「ふるさと」にある「言語性普遍性」にも、かなり共通していると思いませんか。

フジファブリックの魅力の一つは、聴き手によってそれぞれの味わい方ができるということだと私は常々思っています。各楽器の奏でる音やその重なり方、歌詞など、聴き手がそれぞれの思いを膨らませて聴くことができるようになっています。それに加えて、志村君が「本当に伝えたかったこと」も伝わってくる。



落語とフジファブリックの音楽。

落語は四季折々の噺を、その季節に合わせてすることも多いため、季節を感じるために寄席に足を運ぶお客さんも多いのです。
日本の伝統芸能とフジファブリックは、こんな点でも共通しているのかな、と思います。

小三治師匠のおっしゃる「最近のお客さんは想像力が乏しい」というのも、真実です。人間国宝の噺家が落語を演じても、結局お客さんの想像力が乏しければ、おもしろくもなんともないわけですから。

フジファブリックの音楽も、同様のことがいえるような気がします。
聴き手が想像力を働かせ、自分の思い出や感情を投影できるからこそ、最大限の楽しみ方ができるロック。それがフジファブリックの味わいでしょう。

これからも「膨らませることのできる想像力」を養いながら、いろいろなことを楽しみ、経験をつんでいきたいですね。

今日の一曲は「Hello」です。
「遠くにいる君まで 届けられたら良いな
歌うよ君の方へ 届けられたら良いな」


そしてもうひとつ。
柳家小三治師匠(放送演芸大賞、芸術選奨文部大臣新人賞、紫綬褒章など数々の賞を受賞)の噺「小言念仏」。短い噺ですが、想像力をかきたてる師匠の芸が光る一品です。

「古臭い」「年寄りの娯楽」「退屈」「今の時代とかけ離れすぎ」

などの印象を落語におもちの方は、一度ぜひ聴いてみてください。まくらの後、3分過ぎぐらいから始まります。

客に媚を売らない芸風、ぶっきらぼうな口調、男の哲学を追求し「卑しき心の者は、噺家になるべからず」という柳家の考え方など、なんとなく志村君とダブってしまうんですよね・・・。

今日は自由に思いのまま、書かせて頂きました。



Monday 7 May 2012

「ふるさと」

今朝のバンコク、青空が広がっております。入道雲がきれいです。
相変わらず暑いですが先週の酷暑からは解放され、そろそろ雨季の気配。せみの声も、もうあまりきかなくなりました。
タイの真夏は、水を求めてヘビがよく出る季節でもあります。昨日は家の裏庭でも、キングコブラの赤ちゃんが出没しました・・・。最近よく見かけるので、近くの草原で卵が孵化したと思われます。子供でも毒の強さは親と変わらないので、注意が必要です。

季節のご挨拶が、季節の警告になってしまいましたが(?)、記事にうつりたいと思います。



今日は「日時計の丘」について、ご紹介したいと思います。

「日時計の丘」とは、福岡県福岡市にある小さなギャラリー・小さなホール・小さな図書館で、「みる・きく・よむ」という行為を相互作用させながら一体化し、さまざまな催しを通して市民が楽しみ語り合うことを目的とした施設です。

詳しくはこちらのホームページをどうぞ。日時計の丘

この中にある4月24日付のブログ「小学唱歌『故郷(ふるさと)』」のコメント欄で、小林一之先生が志村正彦君について言及していらっしゃいますので、ぜひフジファブリックファンに読んで頂きたく、ここにご紹介致します。

結晶時刻 「小学唱歌「故郷(ふるさと)」4月24日付ブログ

ご存知の方も多数いらっしゃることと思いますが、小林先生は現在山梨県立甲府城西高校で教鞭をとり、昨年開催された「志村正彦展」では、多数の生徒さんの小論文と共に、四季盤「陽炎」を題材にした「志村正彦の夏」という文を寄稿して下さいました。

(「志村正彦の夏」はこちらでご覧になれます 2012年1月27日付記事 「志村正彦展 第6回 最終回」 



「ふるさと」という言葉のもつ概念的な性質に加え、作詞家 高野辰之が書く歌詞の中で、限定的な固有名詞が使われないからこそ、聴き手が柔軟にそれぞれの「ふるさと」に思いを馳せることが可能になる。
masatoshiさんのいう「言語的普遍性」。
個別であり、固有であるものは、このような普遍的な表現によって、もっともよく表現されるとおっしゃっています。
誰にでも歌いやすいメロディにのって歌われる普遍的な言葉たち。それが日本中で愛され、歌い継がれてきた唱歌「ふるさと」の魅力であると思われます。

小林先生がコメント欄でおっしゃるように、それはまさに志村正彦君が終始貫いた信条なのです。

志村君の「ふるさと」富士吉田に比較的近いところが自分の「ふるさと」である私は、逆に歌詞を限定的に捉えすぎる傾向がありますが・・・。北海道の人も、九州の人も、山梨の人も、関西の人も、皆が自分の個別な思いを投影できる歌詞こそが、フジファブリックのすばらしさだと思います。

フジファブリックファンの集いの場だけでなく、こうして違う分野の場でフジファブリックが紹介されることは、大変嬉しいことです。
いろいろなジャンルの方に、志村君の書く音楽の素晴らしさを知っていただきたいと思います。

さあ、世界の皆さんにも味わってもらわなければ!
masatoshi さんのおっしゃる「言語的普遍性」を保ちつつ、全く違う環境で育ってきた外国の方たちが、いかに個別な心情や思い出を投影できるのか・・・。
五感を駆使して、がんばるぞ!!


最後にもうひとつ。
この「ふるさと」という曲は、山梨県甲府市の「夕方5時のチャイム」です。
学校でこの曲を習ったときには、大して共感も感銘も受けませんでしたが、タイに移住して様々な困難に直面していた時、NHK国際放送からこの曲が流れ、涙が溢れました。
「なんていい曲なんだろう。」と、心の底から思いました。
今でも帰国前日にきく「夕方5時のチャイム」は、胸に響きます。特に夏には・・・。


今日の一曲は、フジファブリック「若者のすべて」です。
合わせて、ぜひ「ふるさと」もお聴きになってみて下さい。

一番の歌詞は比較的よく知られていますが、二番、三番の歌詞も心に響きます。

「いかにいます 父母
恙無しや(『無事に、元気に』という意味)友垣(友達のこと)
雨に風につけても 思い出ずる ふるさと」

「志を果たして いつの日にか 帰らん
山は青き ふるさと 水は清き ふるさと」

東京でがんばっていた志村君の姿と重なり、胸がいっぱいになります。







Friday 4 May 2012

1st album 「FUJIFABRIC」 歌詞英訳終了!

今週は記事の更新が滞っておりましたが、今日、フジファブリックの記念すべき1st album 「FUJIFABRIC」、歌詞の英訳が全曲終了致しましたので謹んでお知らせ致します。

やっとやっと終了致しました。

志村君の書く歌詞の素晴らしさと難しさを実感!
そして何よりも、こんな素晴らしい仕事をさせて頂けることへの感謝の気持ちでいっぱいです。志村正彦君、本当にありがとう。
こんな素晴らしい曲たちを遺してくれて、どうもありがとう。
そして私にこんな機会を下さって、ありがとうございます。

英訳された歌詞を通して、世界中のJロックファンやフジファブリックファンがフジファブリックの世界をより深く楽しんでくれますように、心からお祈りして今日の記事と致します。

読者の皆さん、いつも温かい応援ありがとうございます。
ここまで諦めずにこられたのも、皆さんの温かい励ましがあったからだと思います。このままの勢いで、2nd, 3rd といっちゃいますよ!
これからもどうぞよろしくお願い致します。


Tuesday 1 May 2012

富士吉田の桜2012 続報

(4月28日 新倉山浅間公園にて撮影 写真提供 くるみさん)

昨日は、富士吉田にある新倉山浅間公園(忠霊塔)の桜を、美しい写真と共にご紹介致しました。
フジファブリックファンの皆様、温かいメールやコメントをありがとうございました。楽しんでいただけて、私の方こそ嬉しく思っております。そして写真提供を快く承諾して下さったくるみさん、kazzさん、どうもありがとうございました。

地元の方のお話によりますと、小高い山にある忠霊塔の桜も、もう散り始めているそうです。はらはらと散る桜の花びらが、あの石段に次から次へと積もり、まるでピンク色のじゅうたんを敷き詰めたようだとききました。
忠霊塔から中央道高架下の方へ歩いてくると、小さな小川に沿って桜並木がありますが、そこの桜も散り始め、道路はピンク色に染まっているそうです。

「桜の名所」は観光化・商業化が進みすぎてしまって、素直に花を愛でる気持ちになれない雰囲気の場所も多いものですが、忠霊塔の桜はまったくそんなことがありません。
新倉浅間神社(詳しくはこちらのホームページをどうぞ 三国第一山 富士浅間神社)から松や下草、春の花のほのかな香りに包まれて坂道を上がっていくと(地元の方たちは、石段よりも坂道を上ることの方が多いそうです)、目の前には裾野を伸ばしたきれいな富士山が現れます。

その裾野の先には小さな山が幾つも連なり、茶色や薄緑色の合間にポッ、ポッとピンク色の桜が見えます。山の桜です。
小高い丘の上では爽やかな風が吹き、丘を登ってきて火照った体にとても心地よいのです。

そして夕方になると、どこからともなく犬の遠吠えがきこえます。
まさに「浮雲」の歌詞どおりです。

また今年も、桜の季節が過ぎていきます。季節が何度巡ろうとも、志村君探しの旅に終わりはありません。これからも、もっともっと富士吉田を訪れるファンの数は増えていくことでしょう。

今日の一曲は、「Sunny Morning」です。写真のようなお天気だと、カメラを持って出掛けたい気分になりますね!